そよの心情描写不足に対して明快な回答はないけど
10話時点のそよは「MyGoでよくなった」からではなく、なし崩し的にステージに上ったと解釈しています。
描写の話として、立希や愛音に説得されてライブ会場までノコノコやってきて燈に手間で引っ張られたらステージに上がらないほうが不自然じゃない?ということ。
「流れはそうかも知んないけど、この時点でなし崩し的にでもステージに上がる動機づけみたいな描写あった?」と問われるとやや根拠が弱く、「説得に来た愛音を家に上げてちゃんと話した」くらいしか無いのですが。
ただ、ここでもう少し自分の納得感を掘り下げて考えると、「そよがステージに上がった」という事実が、逆説的にそよのMyGoに対する責任感や情が0ではなかったという説明の描写であると解釈したのだと気づきました。
言い換えると、これまでのそよのキャラ描写的に「クライシックのために愛音を利用したとはいえ、どうでもよく切り捨てれるようなキャラだったか?(そうあってほしいか)」と問われるとそれはNOだと感じたという事でもあります。
これをキャラへの愛着に基づく都合の良い解釈では?言われると反論は難しいです
長崎そよという女
そよがクライシック再結成のために愛音を利用してた話の派生で、そもそもMyGOを居場所どころかバンドとして扱ってたかも怪しい説がある。
バンドの命名は先延ばしにする、立希から下手になってると指摘されても笑って流す、ライブもやらなくてもいいと言い出すなど。
もしかするとクライシックもバンドである必要性を感じてなかったかもしれない。
このバンドを自分が気持ちよくなる手段にしてしまってるのは(無意識であっても)本当に愛音と似てる。
ただ、愛音になんやかんや周りを動かすパワーがある一方で、そよにはその力が不足している。
そもそもともり達と交流が再開したのは愛音きっかけだし、その愛音を利用したとは言うものの、実際に暗躍できるほどのずる賢さがあったかというとそんなことはない。
バンド結成の下りで愛音をあからさまスルーした場面は、そよの無神経さだけではなく思慮不足な面も浮き彫りにしたのではないか?
これは愛音相手だからセーフだったが、その手際の悪さゆえに祥子の気持ちを逆撫でしまくり決定的な決別を招いてしまっている。
器用で気配りできる彼女の弱点はメンヘラ的な執着心だけではない。
グラマスカウント4